2018-07-31
種子島の民話
発行所 株式会社 未來社
発行者 西谷能英氏
編者 下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。
龍宮神の使い
昔、正月には若木といって割り木を園(家の周りの畠)の入口に三束立てて、その上にゆずり葉、もろ葉(裏白)、橙などをのせて祝ったものです。
さてある男が、家があまり貧乏で正月の支度がどうにもならないので若木でも売って正月のものを買おうと、年の暮れの二十九日になって若木売りに出ました。しかし、どの家も買った後でたったの三束の若木がさっぱり売れません。
男は渚づたいに家への道をとぼとぼと歩いていましたが、背中の若木が重くなってきましたので、「この若木は龍宮神にあげ申す。」といって、三束とも海に投げ込みました。そして家に帰っていると、亀の魚(ウミガメ)が訪ねてきました。そして男に向かって「龍宮神の使いできたからどうか一緒に来てくれ。」と言いました。男は、着物を着て海に入れようかいなどと思って答えを渋っていますと、「どうしてもお連れして来い、という龍宮神のお言葉じゃ。」と亀が重ねてすすめました。
男は思い切って亀の背中に乗って龍宮に行きました。すると、龍宮神が大変喜んで「こけぇにゃぁ(ここには)若木が無しぃ困っとっとう(こまっていたよ)、おかげで立てることができた。」と言って、大変なご馳走をした上、土産に「やなじ」という犬をくれました。「こん犬ぁ、飯を一升たぁて(炊いて)食わすれば、銭一升出す。」と龍宮神は説明しました。
龍宮から戻ったその男は、飯を一升炊いて「やなじ」という犬に食べさせました。すると、本当に銭を一升出しました。こうして、貧乏なその男は見る見るうちにいい暮らしになりました。
その隣の人が、「わごう(おまえは)、わざい(大変)家が良うなったがなしかぁかい(どうしてかい)。」と尋ねましたので、男は若木売りのことから龍宮に行ったことまですっかり話してやりました。すると隣の人は、「おれぇその犬を貸さんか。」と無理やりに借りて帰りました。「飯一升で銭一升なら飯一升五合で銭一升五合出たぁもんにゃ。」と言って一升五合食べさしたところ、銭どころか一升五合も糞をして死んでしまいました。
いつまでも犬を返さないので男は隣に行ってみました。隣の人はぷりぷり怒って「犬なぁ、俺が飯を一升五合食わしたれば糞して死んでしもうとう(死んでしまった)、なまきっさなか(全くつまらない)犬じゃ。」と言いました。
男は泣きながら、犬の死骸を抱いて帰って自分の花畑に埋めてやりました。すると間もなくそこから一本の木が生えて、どんどん大きくなります。男が不思議に思ってそこを掘ってみますと木は犬の目の玉から生えているのでした。その木は、一年ですごい大木になり、橙がたくさんなりました。それからまた、男が根の方を掘ってみますとそこから犬の骨が出てきました。男はその骨を洗っていつも懐に入れて大事にしていました。ある日、男は山の近くに行ってぼんやり座って死んだ犬のことを考えていました。すると思いがけず大きな鹿が通りかかったのです。男は思わず「やなじ、ほした」と叫びました。
すると、懐の骨がひとりでに飛び出して、鹿の目玉にものすごい勢いで当たり、鹿はその場にころりと倒れて死にました。それを引きずって帰りますと、見ていた隣の人が「おれぇも骨を貸せ。」と言いました。男はよっぽど良い人だったと見え、またその骨を貸してやりました。隣の人は、喜んで骨を持って山に出かけました。おりよく鹿が出てきましたので、「やなじ、ほした」と叫びますと、骨は懐から飛び出して、男のすねにいやというほどぶつかりました。隣の人は腹立ちまぎれにその骨を焼き捨ててしまいました。
あんまり骨を返してくれないので、男はまた隣に骨を取りに行きました。隣の人は、やなじ、ほした、と言うたれば、鹿どころかおれあがすねぇ(おれのすねに)突き当たったから焼き捨てとう。」と答えました。
男は涙ながら、焼けた骨の灰を集めて家に戻り、庭に埋めてやりました。すると今度は、そこから柳の木が生えてきました。男はその柳の木を大事にまつり、正月には橙をかざってやなじの供養をしたそうです。それで、今も正月には柳の木の枝に団子を指して飾り、橙も供えるのだということです。