2018-09-24
種子島の民話
発行所 株式会社 未來社
発行者 西谷能英氏
編者 下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。
童子丸のきき耳
むかし、むかし、ある国の殿様が病気になって寝付いてしまいました。国中の医者を呼んで治療に当たらせましたが、少しも効き目がありません。
最後に物知りに聞いてみますと、キツネの生肝を食わなければ治らない病気だということです。家来たちが集まって、キツネ狩りをすることに相談が決まりました。
いよいよ明け方から狩りが始まるという日、猟師の「あべのやすだ」はあまり早く来たので、山寺の庫裏に腰かけて時間を待っていました。すると、そこへ辺りを窺いながら、年取ったキツネが出てきました。そして、
「今日は、わざいか太か(大変大掛かりな)狩りがあるちゅうて聞き申したが、どうか助けておくじゃり申さんか」
と必死の目色で頼むのでした。
「今日は、殿様に差し上げるキツネの生肝取りじゃから、わざい太か狩りじゃ。じゃが(だが)、わぁが(おまえが)ひとつも動かんでおれば助けられんこともなかろう、どうかい(どうだ?)でくっか(できるか)」
とあべのやすだは、キツネに強く尋ねました。キツネは、
「おまえの言う通りぃ、じぃっと動かじぃおるから助けておくじゃり申せ」
と真剣に答えました。
やすだは、本堂の仏壇の下を指して、
「そいじゃぁ、そこの仏壇の下に衣があるから、それをかぶって隠れておれ、人が来ても動くなよ」
と念を押しました。
一日中キツネは衣をかぶって仏壇の下に隠れていました。夕方になって狩りは終わり、キツネは無事に山に帰ることができました。
その夜、キツネはあべのやすだにどんな恩返しをしたものかと考えながら、やすだの家のところまで来て、中を窺っていました。そんなこととは知らぬやすだと父親は、
「わぁも嫁を貰わんばじゃな。」
「葛の葉御前というわざいきれいか人がおるちゅうことじゃが、おれも嫁をもらうなら、葛の葉御前のような良か家のきれいか女子をもらいたかもんじゃ」
と話し合っています。
これを聞いたキツネは一人うなずきながら、そっと帰っていきました。
あくる晩、あべのやすだの家の戸口をトントントンと叩く者があります。やすだが開けてみますと夜目にも際立って美しい女が立っています。やすだはしばらく見とれて声も出ませんでした。その女は、
「私は葛の葉御前という者でござり申すが、お前様の話を聞いて、どうしても一緒になりたいと思うて来申した」
とやすだの前に手をついて言いました。やすだは驚くやら嬉しいやらで、すぐ父親の許しを得て結婚しました。
月日の経つのは早いもので、やがて一年たち、葛の葉御前はかわいい男の子を生みました。やすだは大喜びで男の子に童子丸と名付けました。童子丸は病気らしい病気もせず、早三つになりました。
そうしてある夏の日、飛び交うトンボを見て童子丸は
「おっかん(おかあさん)、アーケー(トンボ)捕って、かみぃ(食べに)行こう。アーケー捕ってかみぃ行こう。」
と言うのでした。母の葛の葉は
「そう言うな、そう言うな」
と童子丸をなだめています。やすだはそれを聞いて、はてな、と首をかしげるのでした。
またある日、やすだが狩りから帰ったとき
「おっかんな、しっぽで家を掃ぁかなぁ(掃くよなぁ)」
と言っている童子丸の声を聞きました。
その瞬間、やすだの顔色がさっと変わりました。そして鋭い目で、妻の葛の葉の顔を見つめました。葛の葉は崩れるようにやすだの前に座り、両手をついて
「私は、実は葛の葉御前じゃなかむかし、生肝とりの時、あなたに助けてもろうたキツネじゃ」
と涙ながらに白状しました。そして、
「私は、あの時の恩返しに来たとじゃから、これで別れて行き申すばって、この 子はあなたの子じゃから、引き取って育てておくじゃり申せ。もう三つになって、体も丈夫じゃし、手ぇ掛り申さんから」
と言うのでした。やすだは、
「暇をくるっこたあくるっが(暇をやることはやるが)、童子丸は何といってもまだ三つじゃ。おまえがおらんば(いなければ)寂しがるじゃろう。昼間は信田の山にいて、夜の分なぁ来て童子丸に添うてくれ」
それから、キツネの母親は夜だけ来て、童子丸に添い寝しました。こうして童子丸は十五歳になりましたが、ある日
「いっとき(ちょっと)、おらぁ、旅に出てこんばじゃ」
と言いだしました。やすだは心配して、
「そんなかまえ(ようす)じゃ行きはならん、着るもんから良うせんばじゃ」
と言いました。
「出っときぁ、ぼろを着て出て、戻っときぁ錦を着てこんばじゃ。それが当たり前じゃ。」
童子丸はそう言って、着の身着のまま、たからばっちょ(竹の皮の笠)一つかぶって家を出ました。その時、キツネの母親が
「お前に、聞き耳をくるっから(あげるから)」
と言って、大事にしまっていた聞き耳をくれました。
童子丸が道を急いでいると、あいにく雨が降り出しました。童子丸は仕方がないので、松の木の陰に笠を深々とかぶって雨宿りしました。
するとカラスが二羽、松の木のてっぺんで盛んに鳴きだしました。童子丸は
「そうじゃ、カラスぁ何ちゅうて鳴きよるか、聞き耳で聞いてみろう」
と聞き耳を当てて、じいっと聞きました。
「殿様が病気でこのままじゃぁもう命は無かときに、人間なんだぁ物を知らんもんじゃける。」
カラスはそういう話をしているのです。童子丸は、おやおやこれは面白いとなおも耳をすましていますと、
「殿様にかかっている三人の呪いを取りのけんば、あの病気が治らんとじゃが、誰も分からんもんかなぁ」
と鳴いているのです。
「さあ、こうしちゃぁおれん。何はおいても殿様のとけぇ(ところに)行たてみらんば(行ってみなくては)」
と童子丸は、大急ぎでお城に行ってみました。
そこには医者や物知りがたくさん集まって、
「もう殿様の命は無か」
と言って、皆お祈りをしているのでした。童子丸は取次の侍に、
「おれもせっかくこうして来たとじゃから、せめて供養の中に加えておくじゃれ」
と頼みました。
許されて殿様の部屋に通された童子丸は、四方の戸を閉め切り、一生懸命にお祈りを始めました。すると不思議なことに白波がザザァーと寄せてきて、家に打ち掛かりました。
やがて、童子丸は家来たちに向かって
「お殿様のご病気は、三人の呪いがある。それを取り除かんば命は無か。殿様が寝ておられる床んめ(床の下の地面)を調べてみれ」
と言いました。
「それっ」
とばかり、家来たちは床下に入って調べてみますと、童子丸の言った通り、そこにはつぼき(穴)があって、それに三人の呪いがありました。
ひょっこ(カエル)と、蛇とナメクジが一つ穴の中でどれも動かずにすくんでいました。ナメクジはひょっこが恐ろしいし、ひょっこは蛇が恐ろしい、そして蛇はナメクジが恐ろしいのです。というのは、ナメクジが蛇に這うと、蛇の胴が切れていくのだそうです。
童子丸は、それを一匹一匹きれいに取って、よく洗ってやり、外に逃がしてやりました。すると殿様の病気はずんずん良くなっていきました。
いよいよ病気もよくなったので、殿様は童子丸にたくさんのお金をやろうと言われましたが、
「おらぁ、礼も何もいらん。人の命を助けただけでこがあな(こんなに)嬉しかこたぁなか」
と断りました。
しかし、童子丸が断れば断るほど、殿様はいよいよ感心して、お金ばかりか綾と錦で作った立派な着物を与えました。
こうして、ぼろを着て家を出た童子丸は、綾と錦を着、大変なお金を持って家に戻ったということじゃ。