種子島の民話 「猿の三文銭」

  • TOP
  • [カテゴリー: お知らせ]
  • 種子島の民話 「猿の三文銭」

種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

猿の三文銭

 むかし、むかし。
 じいさんが山へ薪取りに行ったところ、ワアッと子供達のはしゃぎ声がしますので、何事かとその方へ行ってみると子供達が猿の子を囲んでいじめています。
 親猿は、せんだんの木の枝にぶら下がって、枝をビュンビュンならして不安そうにキャッキャッと泣きわめいています。
「ごうらしなげぇ(可哀想に)。わんたちゃぁ(お前たちは)、乱暴すんな。猿の母親が泣きよるじゃなっか。・・・・そうじゃ、そん猿を俺ぇ売っちぇくれ。」
 子供達は、じいさんからいくらかのお金をもらうと、蜘蛛の子を散らすように山を走り下りて行きました。
 じいさんがそっと子猿を放してやりますと、子猿は親猿のいる木にするすると登っていきました。そして親猿にすがりついていかにも嬉しそうです。
 親猿はじいさんの親切が身に染みて嬉しかったのでしょう。しきりに手を合わせて拝み拝み、やがて親子の姿は深山のかなたに消えて行きました。
 さて、じいさんが家に戻って行きますと、庭の戸をトントン、トントンと叩く者があります。
「だいかい(誰だい?)。入って来いや。」
見ると、さっきの親猿ではありませんか。
「じいさん、さっきは子猿を助けてもろうちぇ、ありがとうござんした。これから猿の仲間んところへ案内して、ご馳走をし申すから是非一緒に行たてくれ申さんか。」
「これは、これは、わざわざおおきになぁ(ありがとう)。そいじゃ、遠慮なく呼ばれるとしようか。」
 やがて親猿とじいさんは山に入り、青空まで届きそうな杉の大木の根元に立ち止まりました。
「じいさん。わごう(あなたは)、あれさなぁ(あれに)登りぃなっか(登ることができるか)。」
親猿は、その杉の木を仰いでそうたずねます。
「うんにゃ(いいや)、おらぁ登りゃぁならんが。」
「そいじゃ」
というと、またずんずん山奥へ連れて行きました。
 まもなく、目の覚めるように鮮やかな緑一面の草原に出ました。すると、たくさんの猿たちがキャッキャッ鳴きながら集まってきて、じいさんにお礼を言うのでした。
 猿たちは、じいさんを一番上座に座らせると、ガレブ(野ブドウ)や野イチゴ、バナナにビワの実と、次から次へとおいしいご馳走を出してもてなしました。
 大変ご馳走になりさて家に戻ろうというときに、親猿が、
「じいさん、これを土産に上げ申すから、家に帰ったらふとか(大きな)箱を作っちぇ、そん中に入れておい申せや」
と、穴の開いた一文銭を三枚、しゃにんの葉に包んでくれました。
[わざわいか(大変)、ごっそうに(ご馳走に)なった上に、こがん土産までもろうて、おおきにおおきに(ありがとう、ありがとう)。」
 じいさんは、猿たちに手を振り手を振り山を下って行きました。
 さて家に戻ったじいさんは、ばあさんと話し合って大きな木の箱に猿の三文銭を丁寧にしまいました。
 ところがその夜、一晩中、
 ぐわっさん ぐわっさん
 ちりんくゎらん ちりんくゎらん
と箱が鳴るのです。
 不思議な一夜が明けて、じいさんとばあさんが箱を開けてみますと、これはこれは、一文銭が何百何千にも増えているではありませんか。
 じいさんとばあさんは、
「これはきっと猿のお礼の魔法に違いない。さてもさても有り難いことだ。」
と両手を合わせて銭を拝みました。
 ところで、じいさんの家には犬と猫が飼われていました。家の暮らしが良くなるにつれて、犬も猫も魚や肉がたくさん食べられるようになりました。
 じいさんには一人の娘がおりましたが、近くの貧しい男の嫁になっていました。
「わぁ(お前)も、いつも難儀をしおるが、こん銭を貸ぁちぇくるっから(貸してあげるから。」
 娘の家へ行ってじいさんは、娘の節くれだった手にあの三枚の一文銭をのせてやりました。
 貧乏な若者夫婦は、クモの巣のかかった汚い床の間に三文銭を置いて、期待に胸をときめかせながらやすみました。
 ぐわっさん ぐわっさん
 ちりんくゎらん ちりんくゎらん
 真夜中に突然あの音がして、二人はハッと目覚めました。明かりを消した部屋は、あの三文銭を置いた床の間の所だけがほんのりと光を放っています。それは間違いなく、三文銭が次々に生み出す小判の黄金の光だったのです。
 若者夫婦は大変な分限者になりました。
 じいさんは、こんな良いものを独り占めするのはもったいない、そうだ、近所の貧しい人たちの為にこの銭を増やして六文にして、それを分けてやろうと考えて、隣の鍛冶屋に三文銭を持って行って、二つに割って六文にしてもらうことにしました。
 ところが鍛冶屋は、じいさんからこの三文銭の不思議な力を聞きますと、ニタリと気味悪い笑いを浮かべました。
 そして、じいさんの大切な三文銭をただの三文銭とすり替えて、六文銭を作ってくれました。
 そんなこととは夢にも知らず、じいさんは家に戻ってきて元通り箱に入れて、あの銭が銭を生み出す音を楽しみに待っていましたが、箱はミシリとも言いません。
「こら、おかしなこっちゃ。」
 お人よしのじいさんもやっと鍛冶屋がどうかしたのではないかと考えて、そっと鍛冶屋の家のそばに行き耳を澄ましてみると、案の定、
 ぐわっさん ぐわっさん
 ちりんくゎらん ちりんくゎらん
 戸のめんどう(穴)からのぞきますと、鍛冶屋がヒヒヒヒとずるそうな笑い声をあげて、夢中になって生まれてくる銭をかき集めているではありませんか。
 いったんは、大変腹を立てたのですが、元々無かったお金だと思い、このお人よしのじいさんは黙って家に帰りました。
 こうして月日が流れ、じいさんの家には銭もなくなって行きました。以前のようにおいしいご馳走がまわらなくなった犬と猫は、こんな相談を始めました。
「猫よ、こん頃ぁごっそうが無かがどがんしたとじゃろうかい。」
「わごう、知らんじゃったか。じいさんの三文銭を鍛冶屋がだまかぁちぇ(だまして)、取っちぇしもうたとじゃ。」
「ふーん、そがん事があったとか。よし、そいなら、どもで(俺たちで)あん銭を取り返しちぇこようや。」
 犬と猫は早速鍛冶屋の家に出かけました。
 猫は素早く家に忍び込み、やがて天井に這い上がって様子を伺いました。するとその時、一匹のねずみがチョロチョロっと猫の前を横切ろうとしました。猫の目がピカリと光ったかと思うと、さっと前足の爪がねずみの頭を押さえていました。ねずみは、ワナワナ震えながら、
「こんにょう(今夜は)、どうか許してくれ、ねずみの嫁入りの晩じゃから。」
猫はちょっと爪の力を抜いて、
「うーん、じゃったとか(そうだったのか)。わぁがこん家の奥の間の三文銭を取って来れば許してやろうわい。」
「そらぁ、みやすかこっちゃ(簡単なことだ)。今すぐ取って来っから放ぁてくれ。」
命拾いをしたねずみは、箱を噛み破って三文銭を取って来てくれました。
 三文銭を取り返した猫と犬は、宙を飛ぶような勢いで帰りの道を急ぎました。
 帰る途中に、どうしても渡らなければならない川がありました。背に猫を乗せて犬が泳ぎ始めました。中ごろまで来たときちょっとしたはずみで猫が背から落ちそうになり、慌てて犬に思い切り爪を立ててしがみついたからたまりません。犬は、
「あいたっ」
と叫んだはずみに、くわえていた三文銭を川底に落としてしまいました。
 そこに一匹の鯉が泳いできました。すかさず猫が得意の爪でさっと鯉をとらえました。びっくりした鯉は口をパクパクさせながら、
「今日は鯉の嫁入りじゃから、どうか逃がぁてくれ申せ。」
と必死に頼みました。
「わぁが、川底の銭を取って来るれば許そうわい。」
「はい、それはみやすかことでござり申す。」
鯉は間もなく三文銭を無事に拾ってくれました。
 じいさん、ばあさんは犬と猫の働きを大変喜びました。
 ぐわっさん ぐわっさん
 ちりんくゎらん ちりんくゎらん
 ニャンニャン ワンワン
 ちりんくゎらん
 じいさんの家からは、またあの景気の良い楽しい音が流れ出すようになりましたげな。