2018-08-13
種子島の民話
発行所 株式会社 未來社
発行者 西谷能英氏
編者 下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。
ケシこい、クロクチこい
むかしむかし、狩人がケシという名とクロクチという名の二匹の犬を連れて狩りに出かけました。
その日はなかなか獲物がなく、深山の谷間をあちこち駆け回っているうちに、一度も来たこともないシダの草むらが一面に広がったところに出てきました。
二匹の犬も主人に喜んでもらおうと散り散りになって獲物を探し求めたものですから、とうとう狩人は犬を見失ってしまいました。「ケシこーい、クロクチこーい。」もうあたりは、夕もやが立ち込めて足元も危なくなってきます。「ケシコーい、クロクチこーい。」深山の静かさを破る狩人の必死の呼び声にも、何の答えもありません。「しかたがなか、今日はもう帰らんばじゃ。」そのころの狩人はみんな山に入るときは足なかという特別なわら草履をはいておりましたが、その草履を目印に置きかたわらの木の枝を折って、明日また来ようと思ってその場所を離れ一晩中山をさまよい歩き、やっとのことで家にたどり着きました。
それから、二、三日待っても犬はとうとう帰ってきませんでした。狩人はもう気が気ではありません。人を何人も雇って山に分け入り、「ケシこーい、クロクチこーい。」声を限りに呼んでみましたがやっぱり見つからないので仕方なく二匹の犬を探すことはあきらめました。それでも狩人は二匹の犬を忘れることができず時々一人でやってきては、「ケシこーい、クロクチこーい。」と探していました。
新緑にいろどられた深山の景色もいつのまにか赤や黄色の模様に変わり、やがて寒い冬がやってきました。
その日も狩人は狩りに夢中になっているうちに、見慣れぬところに迷い込んでしまいました。しかし、あたりの様子をよく見るとそこは前に愛犬を見失った場所ではありませんか。狩人はもしやと思って、あたりの草むらをかき分けてあの時手折った木の枝を探し始めました。
そうしている内に、ふと目の前に一刻も忘れたことのないあの枝が立っています。
思わずかけよった狩人は、はっとしてそこに立ちすくんでしまいました。狩人の足元に、なんと哀れなことにはケシとクロクチの死骸が口にしっかりとわら草履をくわえたまま横たわっているではありませんか。
狩人は涙をポロポロこぼして、「ケシすまんじゃった。クロクチすまんじゃった。あよう(あぁ)、ごうらしなげぇ(かわいそうに)。」狩人は誰もいない奥山で思い切り声を張り上げて泣くのでした。そして、泣く泣く丁寧に葬ってやりました。
あまりの悲しさにその後寝込んでしまい、やがて寂しくこの世を去りました。
ところが狩人の死後、今まで見たこともない鳥が姿を見せるようになりました。夜になると深山の方から「ケシこい、クロクチこい。」と身にしみるような寂しい鳴き声をたてるのです。
村人たちは、あの鳥はきっと狩人の魂が乗り移ったものだと固く信じました。そして、その鳥の名をケシコ(ふくろう)というようになりました。
ケシコは夕暮れになると、草履を置いてあった奥山から村里に飛んできて、
ケシコイ クロクチコイ
ケシコイ クロクチコイ
と一晩中鳴いて、夜明けとともに奥山に帰っていくのです。こういうわけで、今でも狩人は草履を山に置いて帰ってはいけないといわれています。