種子島の民話  「手のりわら長者」

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種子島の民話

発行所 株式会社 未來社
発行者    西谷能英氏
編者     下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。

 

 

手のりわら長者

 むかし、父親と男の子一人の貧しい家がありました。この子が、一人前の若者になった時父親が息子に向かって、
「わがぁくりょうちゅうて(お前にくれようと言っても)、何もなかから、この手のりわら(手ですぐったわら)をくるっから、これを一わ持って、良か先もあろうから運試しぃ何処へでも行たてみれ」
と言いました。
 若者は旅支度もできないまま、手のりわら一わを持って家を出ました。
 それからしばらくして、向こうから蓋のない樽を頭にのせてくる女子(おなご)に出会いました。見ると、樽の中には味噌が入れてあります。
 ところが、丁度その時雨がしょぼしょぼ降りだしました。若者は、行き過ぎた女子を振り返って、
「おまやぁ、味噌にゃぁ蓋ぁせんじぃあるが、雨に濡れてしもうど。幸い俺がこけぇわらを一わ持っとるから、これをくるっから蓋にして行け」
と言って、持っていた手のりわらを全部くれてやりました。女子は喜んで、
「それじゃぁ、お前にゃこの味噌を少しくるっから」
と言って、味噌を一握りくれました。
 若者はもらった一握りの味噌を持ってまた旅を続けていますと、道べりに鍛冶屋があって鍛冶屋どんが、おかず無しのから飯で食事をしていました。若者はそれを見ると気の毒になって、
「お前たちゃぁ、そえもん(おかず)無しぃ飯を食うとっとかぁ、俺がこけぇ味噌を少し持っとるから、これをそえもんにくれよう」
と言って、味噌をくれてしまいました。鍛冶屋どんは大変喜んで
「そいじゃぁ、お前にゃ味噌の礼に小刀を一本作ってくれようから」
と言って、しばらく待たせて立派な小刀を作ってくれました。
 若者は鍛冶屋に厚く礼を言ってまた旅を続けて行きますと、やがて弓づるの音が聞こえてひろい射場に出ました。若者がその横を通りかかったとき武士の一人が弓を折って困っていました。
 それを見た若者は、
「俺がこけぇ小刀を持っておるから、これで弓を直して的を射られ申せ」
と言って、」新しい小刀を武士に渡しました。すると武士は、
「おかげで弓はようなった、お前には、俺がお礼にここに持っている刀をくれよう、これを持って行け」
と言って、腰の刀をくれました。若者は刀を持ってまた旅を続けましたが、さすがに疲れが出ました。来かかったところに広いため池があり、池のそばには大きな木が茂っています。若者はその木陰で横になっているうちに、つい眠ってしまいました。
 さて、この池には大きな蛇が住んでいました。蛇は若者を見ると取って食おうとしてにゅーっと鎌首を伸ばしました。すると若者が差していた刀がひとりでに鞘からするーっと抜け出ました。
 蛇は慌てて水に潜ります。しかし眠っている若者はこんなことは一向に知らず、ぐうぐういびきをかいているのです。しばらくして、蛇がまた鎌首を伸ばすと、刀がまたひとりでにさやから抜け出し、驚いた蛇が首をひっこめると刀もさやに納まります。
 ある人が、通りがかりに遠くからこの様子を見て、すっかり感心してしまいました。
「こがぁな妙なこともあるもんじゃける。あの刀は、よほど良か刀じゃそうな。あの刀をどうかして手に入れんばじゃが」
と思い込みました。そこで、
「おいおい」
と若者を揺り起こし、
「お前の刀と俺の刀を代えよう」
と相談を持ち掛けました。欲のない若者は、
「代えるどころじゃなか、この刀はお前にくるる」
と言って、差し出しました。男は、
「いや、ただもうろうては俺の気がすまん、よし、今こけぇこれだけ金があるからこれをやろう」
と言って、たくさんの金をくれました。
 若者はその金を元手にして商売を始め、やがて大長者になって幸福に暮らしましたげな。