2018-10-19
種子島の民話
発行所 株式会社 未來社
発行者 西谷能英氏
編者 下野敏見氏
日本の民話34 種子島の民話第二集よりお伝えします。
天狗さまの小便
網の目や籾とおしのように、目のたくさんあるものを通してはものを見てはいけないといわれています。
ところが、むかし、ある男が籾とおしを被って、
「天狗さま、天狗さま」
と言いながら歩いて行きました。すると、ちょうどそこに天狗さまがいたのでした。
「おい、おまやぁなしかぁ(おまえはどうして)俺の姿が目ぇかかっとかぁ(みえるのか)、おらぁ隠れ蓑をば着とるから見えんはずじゃが」
と大声で尋ねました。
男はびっくりしましたが、なかなかトンチのある人だったのでこう言い返しました。
「いやぁ、これだけの目数で見りゃぁ天狗さまの姿なんだぁよう見え申すよ」
天狗さまは、そう聞くとその籾とおしが無性に欲しくなりました。
「おまえの籾とおしと俺の隠れ蓑と代えてくれんか」
と言い出しました。男は、
「代えようわい。じゃばって(だけど)その代わり聞かぁておくじゃり申さんか。一体、天狗さまは何が一番嫌いでおじゃり申すか。」
と聞きました。天狗さまは
「おらぁグミの木が一番嫌いじゃ、あのそばにゃぁ寄り付きゃならん。ところで、そういうおまやぁ何が一番嫌いか」
と聞きました。男は、
「おらぁ、餅が一番嫌いでござり申す」
と真面目くさって答えました。
こうして、天狗さまの隠れ蓑と男の籾とおしをお互いに取り換えたのでした。
隠れ蓑を手にした男はすぐそれを身につけました。とたんに男の姿は見えなくなりました。天狗さまは、早速籾とおしの不思議な力を試そうと、それを顔に当ててみましたがなんと人間の姿はまるで見えません。
「こらぁだまされた。こらっ、隠れ蓑を早う返せ」
と天狗さまは鼻を真っ赤にしながら、かんかんに怒って叫びました。男は時々、ひょいと蓑を外して姿を見せては逃げます。
「隠れ蓑を返せ、返してくれぇ」
と天狗さまは男の後を夢中で追いかけます。男はこうして天狗さまの一番嫌いなグミの木の下に行って隠れました。こうなると、天狗さまは寄り付くことができません。
天狗さまはここぞとばかり、餅をついて男めがけてどんどん投げつけました。が、男の方はすっかり喜んでその餅を拾うては食い、拾うては食いするのです。
さて、天狗さまというものは、三日間隠れ蓑を着けないでいると、たとえ取り返してももう効き目はなくなるものだそうです。天狗さまは必死になって三日間餅を投げ続けましたが、相手はへこたれるどころかますます元気になるばかりです。
隠れ蓑はとうとう男のものになりました。天狗さまは真っ赤になって怒り、
「人間われ(きさま)、俺が天に昇って小便をかけて思い知らせてやる」
と怒鳴って、天に昇って小便をしゃぁしゃぁしました。
ところがあんまり勢いよくやったので近江の平野を掘り下げ、そこに小便がたまって湖ができてしまいました。
「こらいけん」
と天狗さまはすっかり慌てて、今度は籾とおしを当てて小便をしました。小便は雨となって空一面にざぁざぁ、ばらばらと散らばりました。
ところが人間には、それが大変薬になって、草木は茂る、穀物もよく実るので人間世界は幸せになるばかりでした。
隠れ蓑はどうなったかと言いますと、男がいつもいつも隠れ蓑を着てぶらりぶらり遊んでばかりいるので、男の妻が腹をたてて、男の眠っている間に火にくべて焼いてしまったということじゃ。
それで、隠れ蓑はこの世からなくなったそうです。